音楽はおしゃれじゃない

 

 

12月8日。小沢健二のアルバム『LIFE』と『刹那』のストリーミング配信がApple Musicで始まった。

小沢健二は同時に、Apple Musicで30分間程度のテレビ番組を持つことも発表されて、同時にその第一回が公開された。同じ日に、宇多田ヒカルの2016年までの楽曲についても、各種ストリーミングサービスでの配信がはじまった。奇しくもジョンレノンの命日でもあるこの日は、日本のストリーミング配信の歴史の中でも大きな意味を持つ一日となるだろう。

小沢健二のストリーミング配信、とてもうれしいことだ。テレビ番組もよかった。ただ今回は、その二日前にひっそりとストリーミングでの配信を開始していた奥田民生、ユニコーンに注目したい。

奥田民生と小沢健二は歳も近く、バンドでのデビューやソロデビューの時期も近いものの、その音楽性やイメージはかなり違う。超ざっくりいえば、奥田民生は「シュッとしていない」し、小沢健二は「シュッとしている」。スタイリッシュかどうか、小ざっぱりしているかどうか、という感じ。奥田民生はNYでレコーディングしてもディアンジェロみたいな音楽はやらないし、ボーダーのTシャツも無地のニットも着ない。小沢健二だってAC/DCはやらないし、髭も髪も伸ばさないし、ペラペラのロゴTシャツにジーパンでステージにはあがらない。

そしてこれも超ざっくりだが、2010年前半を境目に、奥田民生的イメージから小沢健二的イメージに「時代のかっこよさ」のようなものの流行が変化した感覚があった。前者の例は、くるり、アジカン、フジファブリック、サンボマスターなどだろう。見事に誰もシュッとしていない。対する後者の代表が、いまをときめく星野源だ。実際彼は一番この変化を分かりやすく体現してくれていて、2012年から2016年くらいにかけて星野源はどんどんシュッとしていった。昔は前がチャックのパーカーを着ていたのに、今ではもう彼のパーカーの前が開くことはない。ブラックミュージックの要素を大きく取り入れたアルバムは大ヒットし、その衣装もTシャツからスーツへと鮮やかに移り変わった。

星野源だけではない。いわゆる「シティポップ」と呼ばれる音楽を奏でるバンドがリスペクトするのは、はっぴいえんどであって、小沢健二であって、奥田民生ではない。みんなが対談したいのは細野晴臣であって、奥田民生ではない。だから奥田民生はここ数年暇している。暇すぎてアフロみたいな髪型になってしまった。

でも、星野源だって流行を察知して音楽やファッションのスタイルを変えたわけではないと思う。奥田民生的なものと小沢健二的なものは一人の人間の中に同居する。奥田民生的なものが好きなときがあれば、小沢健二的なものが好きなときもある。同じように、奥田民生的なものがかっこいい時代があれば、小沢健二的なものがかっこいい時代があるのだ。星野源の場合は、個人の志向性と時代の志向性がちょうど合致したのだろう。

だから、やはり当たり前のように、すべての音楽がシュッとしているわけではない。でも、Apple MusicやSoptifyといった最近のストリーミングサービスを見ていると、どうも「音楽はすべてスタイリッシュなものだ」という感じがしてきてしまう。スタイリッシュでない音楽の入り込む余地がない感じがしてきてしまう。

でも音楽というのは本来、どちらの気持ちもすくい取れるものだ。おしゃれなだけが音楽じゃないのだ。Apple Musicの日本初のテレビ番組。東京湾をクルーズしながら小沢健二がエッセイを朗読し、満島ひかりと知的なトークを繰り広げる。それももちろん好きだ。素敵だ。でも、奥田民生がYouTubeにあげているだらだらしたゆるい宅録動画もやっぱり好きだ。

難しいところはある。ストリーミングサービスはメディアでもあるからだ。メディアが時代の流行を映し出すのは当たり前で、2000年代に奥田民生的なものがロッキングオンをはじめとする音楽雑誌を席巻したのと同じように、小沢健二的なものがApple MusicやSpotifyを席巻しているのだろう。

ただ、ストリーミングサービスはメディアであると同時にどんどんインフラに近づいてきてもいる。今回の小沢健二、宇多田ヒカルのカタログ追加はまさにそれを象徴している。そうなると、ストリーミングサービスの志向性がいよいよ個人のリスニングスタイルへの影響力を強めてくる。そういう今だからこそ、自分の中の奥田民生的なものを好む気持ちも忘れないでいたい。

日本はストリーミング配信の普及が遅れているという指摘はこれまでずっとなされてきた。実際、2016年時点で日本の音楽ソフト市場全体におけるストリーミング配信の割合は10%に満たない。アメリカでは2016年時点でその割合が50%を超えていることを考えると、たしかに遅れている。また、日本の音楽ソフト市場が2007年をピークに徐々に縮小している一方で、アメリカの音楽ソフト市場は2010年以来拡大しつづけており、これを支えているのがストリーミング配信の売上である。日本の音楽ソフト市場が拡大するには、ストリーミングの普及が不可欠だというのも妥当だろう。

二〇一七年が終わろうとしている。日本のストリーミング配信は、音楽ソフト市場は、いよいよ新たな局面を迎えようとしている。二〇一八年がたのしみだ。

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