サイケとジル・ドゥルーズ、なぜロックは若者の音楽となりえたか 10/14

 

これに行ってきた。

超まとめると、ロックミュージックが一番活発に進化してた時代に向かっていた方向=サイケと、ジル・ドゥルーズが考えていたことが実は近かったりするという話。

前者についてもうすこし詳しく書くと、ロックは1960年代から70年代にかけての10数年間で超大きく展開&転回したと。わかりやすくいうと、ビートルズが最初は「イェーイェー」みたいな歌作ってたのがだんだん込み入った歌を作るようになって髪も伸びっていったみたいな話。このサイケデリックという文化は、知覚の拡張、つまり今まで感じたことのない感覚、今ここではないどこかに飛んでいくような感覚を目指したり、日常の感覚から抜け出そうとするような試みのこと。これはもちろんドラッグカルチャーとも強く結びついてた。

後者については、講演会でも前者の話が長引いて十分に時間が取られなかったこともあってちゃんと理解しきれてないんだけど、ドゥルーズの超越論的経験論という考え方が、サイケの知覚の拡張という考え方と呼応する部分があるらしい。実際ドゥルーズは知り合いから頼まれて、フランスのサイケのバンドの録音に朗読で参加したりもしてるんだとか。それから、ドゥルーズの個人的な趣味として、文学の中でも英米文学が好きで、ボブディランやパティスミスも好きだったらしい。

 

とまあこんな具合の話だったんだけど、一番気になったのは、どうしてロックがサイケと結びついたのかということ。本当は質問したかったんだけど、質問者が多くて当ててもらえなかった残念。ロックを中心としたポップミュージック史観から自由になることはだいぶ前から考えてることで、今回もそれが一番気になった。

もう少しわかりやすく言うと、たとえばサイケデリック・ソウルとか、サイケデリック・ジャズとか、サイケデリック・ブルース、サイケデリック・ドゥーワップみたいな音楽がなんで出てこなかったんだろうと。あるのかもしれないけど、少なくともロックのそれと比べるとぜんぜん数は少ないし、有名でもない。

そしてこれは、なぜロックだけがサイケと結びついたのかという問題から、なぜロックだけが若者の音楽となりえたのかという問いに変えることもできるたぶん。二次大戦が終わって、「若者」という存在が世界史上はじめて登場して、彼らが自分たちのような新しい世代の気持ちを代弁する文化を必要として、そしてそれがロックだったのはなぜだったのか。

 

自作自演というのは大事なポイントで、一つの仮説として、まだアメリカほど作曲家作詞家体制みたいなポップミュージックの産業がちゃんと整備されてなかったイギリスで、ビートルズやストーンズみたいな自作自演のロックンロールバンドが現れて、彼らが一気に人気になったことでロックが若者の音楽となったという説は立てられると思う。イギリスの状況とかちゃんとはわからんけど。

もう一つの仮説として、ロックンロールが他の音楽と比べて演奏の敷居が低かったという説も立てられる気がする。これはギターという楽器と密接に関係してて、ちょうど次の日友達とラジオで話してるときに、ギターというのはロックンロールを演奏するための楽器で、もっといえばギターがうまい=ロックンロールを演奏するのがうまいってことなんじゃないかとその友達は話してた。で、ギターがうまくなるのに練習が必要なのは当たり前としても、敷居の高さの話でいえばギターはピアノとかと比べて低かったんじゃないかと。そしてさらに、ソウルやジャズはロックンロールと違って、高い技術が前提とされる度合いが高い気がする。

 

 

ポップミュージックというものが生まれて100年くらい経とうとしてる今だからこそ、ロックを中心としたポップミュージック史観からの脱却はこれから重要なテーマになりそうだなあとか。思ったり。

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